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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6252号 判決

原告 井口勝雄

右訴訟代理人弁護士 小山三代治

被告 株式会社 マスシン

右代表者代表取締役 稲井田初吉

右訴訟代理人弁護士 中村博一

被告補助参加人 ローヤル飲料株式会社

右代表者代表取締役 土倉精一郎

右訴訟代理人弁護士 柏木秀夫

同 田辺幸雄

同 蒲田哲二

同 板垣光繁

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一四七四万四二〇〇円及びこれに対する昭和五六年七月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行宣言

二  被告及び被告補助参加人

主文と同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、ラムネ等の食料品及び雑貨の販売を業とする訴外有限会社井口商店(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であり、被告は製造元である被告補助参加人よりラムネを卸問屋として仕入、販売している株式会社である。

2  原告は、昭和五三年五月一六日、東京都東村山市恩田一丁目一六番一号所在の被告東久留米店において、被告からラムネ六ケース(一四四本。以下「本件ラムネ」という。)を購入し、自己の運転する自動車により東京都田無市本町四丁目一七番二二号所在の訴外会社店舗前まで運搬し、同所に停車したうえ右車両から同店舗内に右購入にかかるラムネを搬入するため手押車に積み替えようとした際、原告に何ら取扱い上の過失がないにもかかわらず、突然右ラムネのうち数本のびん(以下「本件ラムネびん」という。)が自然破裂し、その破片が原告の左眼に衝突したことにより、後記4のとおりの傷害を受けた。

3  被告は、右ラムネの売買契約上売主として原告に対し完全なものを引渡す義務を負っていたところ、原告に右2のように何ら取扱い上の過失がないにもかかわらず本件ラムネびんが破裂したのであるから、右破裂がびん容器の欠陥によるものか、あるいは内容物たるラムネが異常発酵して容器であるラムネびんの耐内圧強度を超えたことによるものかにかかわらず、同破裂により原告が受けた損害につき右売買契約の債務不履行に基づく責任を負うべきである。

また、被告には、本件ラムネの販売において一般的注意義務も存在するから、右損害につき不法行為に基づく責任もある。

4  原告は、本件ラムネびんの破裂により飛散した破片が左眼に衝突して左角膜裂傷の傷害を受け、このためその後外傷性白内障に罹患し、数回の手術を経て、現在視力は〇・〇一となっている。これによる損害は以下のとおりである。

(一) 治療費 金八五万円

(二) 入院雑費(金六〇〇円×五七日) 金三万四二〇〇円

(三) 通院交通費 金二万円

(四) 入院及び通院による慰謝料(昭和五三年五月一六日より同年七月一一日まで入院、以後昭和五四年四月まで通院) 金一三四万円

(五) 入院及び通院による休業損害(平均賃金月額金二五万円、入院期間二か月、通院期間一〇か月、通院期間中の労働能力喪失率八割として計算) 金二五〇万円

(六) 後遺症による慰謝料 金二三六万円

(七) 後遺症に基づく労働能力喪失による逸失利益 金一九〇四万〇四〇〇円

(以上合計 金二六一四万四六〇〇円)

5  よって、原告は、被告に対し、選択的に債務不履行または不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記4記載の損害の内金(同(六)及び(七)について、その合計の内金一〇〇〇万円のみ請求)一四七四万四二〇〇円及びこれに対する弁済期経過後である昭和五六年七月二日(訴状送達の日の翌日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告及び被告補助参加人の認否

1  請求原因1のうち、前段は不知、後段は認める。

2  同2は不知。

3  同3ないし5は争う。

三  被告の主張

1  ラムネの原料は、砂糖、香料、クエン酸、炭酸ガス及び水の諸材料で、この中には発酵の原因となるものは含まれておらず、また炭酸ガスには殺菌作用があるので腐敗することはない。したがって、本件破裂は、内容物たるラムネの異常発酵によるものではない。

2  また、本件ラムネびんの破裂は、びんの欠陥によるものでもない。その理由は以下のとおりである。

(一) 被告補助参加人は、明治四三年にラムネ製造業を開始し、現在の生産量は年間四〇万本から五〇万本にのぼるが、創業以来ラムネびんの破裂事故は経験したことがない。

(二) 炭酸飲料の炭酸ガス含有量は、いずれも一立方メートル当たりラムネ一・二キログラム、コーラ二・二キログラム、ビール二・四キログラム、サイダー二・八キログラムと、ラムネが最も少く、その内容物の混合は精密な機械によって行われており、炭酸ガスの割合は常に一定している。そして、ラムネのびんについては一五キログラムの内気圧に耐えられるものが使用されており、右ラムネの炭酸ガス含有量の一〇倍以上の許容度があることになる。

(三) 被告補助参加人によるラムネの製造過程においては、パッキング取替の際にびんの疵の有無を調べて瑕疵あるものを取り除き、その後炭酸ガスを含んだ内容物を注入するが、びんにひびや疵がある場合には、右の調査時に取り除ききれなかったものもこの段階で炭酸ガスの圧力により破裂してしまうのであり、更にその後、一本ずつ光を通してびんの中の夾雑物や疵を調べている。したがって、欠陥のあるびんが市場に出ることはない。

3  本件ラムネびんの破裂の原因は、原告が、本件ラムネびんの入ったプラスチック製二四本入りケースを乱暴に扱ったため、内部のびん同士が衝突したことによるものである。その理由は以下のとおりである。

(一) 本件破裂にかかるラムネびんは二本ないし三本であり、その破片は前記プラスチック製ケースの外にまで飛散したようであるが、一本のラムネびんが自然破裂した場合には、その勢いで他の一本ないし二本をも破裂させ、右ケースの外にまでその破片を散布させるほどの爆破力はない。また、自然破裂であれば、びんは二つないし三つに大きく割れるのが通常であり、本件破裂のように無数に細かく割れることはない。

(二) 本件ラムネびんの破裂の起こった昭和五三年五月一六日は、天候は晴後曇であり、最高気温は二五・七度であって、本件ラムネびんが日照を受ける時間は、補助参加人方から訴外会社の店舗まで運搬中の三〇分余りであり、しかも前記ケースの中にあるからびん全体に日照を受けることはない。

(三) 前記プラスチック製ケースは通常の扱いでは中に収納されているラムネびん同士が衝突することはないが、極端に乱暴な扱い方をすると、びんのくびれより上部同士で接触するところ、本件破裂ではラムネびんはくびれの部分から割れている。

(四) 本件ラムネびん破裂後の原告の対応をみるに、警察に右破裂を報告したのは原告の妻であるが、原告の依頼によって行ったものではなく、また正式な被害届は提出されていない。更に、原告は、被告にも被告補助参加人にも本件破裂事故について報告していない等不自然な点がある。

4  仮に、本件破裂の原因がラムネびんもしくは内容物たるラムネの欠陥にあったとしても、それは被告補助参加人から被告に引渡されるより前から存していたものであって、被告は右引渡にかかるラムネをケースごと店舗内所定の場所に展示する所作を行うのみであるから、被告には何ら過失はない。

四  被告補助参加人の主張

1  本件ラムネびんの破裂は、以下の事情によれば、原告のラムネびん取扱い上の過失により生じた衝撃に起因するものであると考えられる。

(一) 補助参加人は、今日まで約七五年余りのラムネ製造の実績を有するが、その間、取扱い上の過失に起因するものを除いては、ラムネびんの破裂事故の報告を受けたことがない。

(二) ラムネは、水、クエン酸、砂糖及び香料を一定割合で混合したいわゆる糖蜜に炭酸ガスを混入して製造するものであって、その中には発酵の原因となる物は含有されていない。

(三) ラムネに混入する炭酸ガスは、他の炭酸飲料に比して低量であり、内圧がラムネびんの耐内圧強度を超えて異常に増加することは全く考えられない。ラムネの炭酸ガス含有量は一立方センチメートル当たり一・二キログラムであって、補助参加人においてはラムネ製造は完全に自動化されており、内容物たる糖蜜及び炭酸ガスの量は常に一定であるところ、ラムネびんの製造規格上の耐内圧強度は一立方センチメートル当たり一五キログラムである。

(四) 被告補助参加人方でのラムネの製造過程において破損したラムネびんは、洗浄時及びパッキング交換時に取り除かれ、ここで取り除き切れなかったものは炭酸ガス充填時にすべて破裂してしまう仕組となっており、更に最終の異物混入確認検査の段階で、びん自体に瑕疵のあるものはすべて排除されている。

(五) 数年前に続発したコーラのいわゆるホームサイズびんの破裂事故を契機として、通商産業省工業品検査所により「炭酸飲料を充てんするためのガラスびん」と題するびんの安全基準についての規格が定められているが、右基準はラムネについては適用がない。このことは、ラムネが、かかる基準を設定する必要性を認めないほど、安全性について高い評価を受けていることの反映である。

(六) ラムネは、「中小企業の事業活動の機会の確保のための大企業者の事業活動の調整に関する法律」による認可によって、中小企業がその製造を独占している商品である。ラムネの安全性にもし疑問があれば、当然に危険防止のための資本投下が必要であり、その資本投下は大企業においてより容易かつ確実に行われうる筈のものであるところ、前記のような事情は、ラムネの安全性について長年にわたる実績と安定的な評価が背景にあるためであるといえる。

(七) 本件破裂にかかるラムネびんは二本ないし三本であるところ、ラムネびんの自然破裂は、起こりえたとしても極めて稀有のことであるから、複数のラムネびんが独立して偶然同時に自然破裂することはまったく考えられない。また、破裂した本件ラムネびんは並んでいたのではないから、一本のびんが自然破裂し、その破片が隣りのびんに衝突してそのびんも破裂したという可能性もない。したがって、本件破裂は、原告の本件ラムネびんを収納したケースの取扱い上の過誤によって、複数の本件ラムネびんに外力が同時に加わったためであると考えられる。

(八) 本件ラムネびん破裂後の原告の行動も、受傷後三年余りもの間損害賠償請求をしない等不自然な点があって、その被害者意識の形成過程は極めて不明朗であり、このことからも原告の本件ラムネびんの取扱いに何らかの過誤があったことが推認される。

2  原告は、本件ラムネびんの破裂により、破片が左眼に衝突し、そのため前記傷害を負ったと主張する(請求原因2)が、右傷害は、原告が本件破裂による破片の後片付けをしている際に手にその破片が付着し、何かの折にその手で眼をこすって眼球を傷つけたためであるとも推測できる。

第三証拠《省略》

理由

一  本件ラムネびんの破裂事故等

《証拠省略》に、弁論の全趣旨を総合すれば、原告はラムネ等の食料品及び雑貨の販売を業とする訴外会社の代表取締役であること、被告は製造元である被告補助参加人よりラムネを卸問屋として仕入、販売している株式会社であること(このことは当事者間に争いがない。)、原告が昭和五三年五月一六日被告東久留米店において被告から本件ラムネを購入し、自己の運転する自動車により東京都田無市本町四丁目一七番二二号所在の訴外会社店舗前まで運搬したこと、その後原告が同所に停車した右車両から同店舗のそばの倉庫に本件ラムネを搬入する作業をしている際、本件ラムネびんが破裂し、その破片が原告の左眼に衝突したこと、及びこのことにより原告が左角膜裂傷の傷害を受け、よってその後外傷性白内障に罹患し、左眼の視力が〇・〇一になったことがそれぞれ認められ、これに反する証拠は存しない。

二  被告の債務不履行責任について

債務不履行に基づく損害賠償請求権は、その債権債務関係の当事者たる債権者がこれを取得するものである。

そこで、本件における右にいう債権者(すなわち本件ラムネの買主)について判断するに、原告が本件ラムネを被告から購入したことは前記一において認定したとおりであるが、原告がラムネ等の食料品及び雑貨の販売を業とする訴外会社の代表取締役であることは前認定のとおりであり、このことと、《証拠省略》を総合すれば、原告は、本件ラムネを訴外会社の商品とするために、訴外会社の代表者として購入したものであることが認められ、この認定に反する証拠は存しないから、右ラムネの売買契約の効果は被告と訴外会社との間に生ずるものであって、原告に帰属するものではないことが明らかである。そうすると、本件において前記にいう債権者は訴外会社であって、これを原告であると認めることはできない。

そして、本訴請求において原告が請求原因として主張する債務不履行は専ら原告自身を当事者とする売買契約上の債務不履行のみであって、前記にいう債権者(本件では訴外会社)に対する義務の不履行を主張しているわけではないことは明らかである。

よって、債務不履行に基づく損害賠償請求としての原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  被告の不法行為責任について

1  ラムネびんの一般的破裂可能性

(一)  証人土倉精一郎の証言(後記採用しない部分を除く。)及び鑑定の結果を総合すれば、まず内容物たるラムネ水の性質については、ラムネは年少者を対象とした飲料であるため他の炭酸飲料に比して炭酸ガス含有量は低く押えられており、その内圧は平均二・二キログラム毎平方センチメートルであること、内容物の充填は被告補助参加人方においては機械化されており、その炭酸ガス含有量は常時一定であること、ラムネの原材料は砂糖、香料、クエン酸、炭酸ガス及び水であって発酵の原因となる物質は含まれておらず、また炭酸ガスには殺菌作用があるため、内容物たるラムネが異常発酵することは考えられないこと、ラムネの内圧は振動により上昇することがあるが、その程度は加振条件二〇〇〇r・p・m、加速度四四G、二〇分間の場合平均〇・六キログラム毎平方センチメートルであること、及び、温度と内圧の関係は、摂氏二〇度で二ないし四キログラム毎平方センチメートル、摂氏四〇度で三・五ないし六キログラム毎平方センチメートルであり、直射日光下では九キログラム毎平方センチメートルに達することもあることがそれぞれ認められ、次に容器たるラムネびんについては、その耐内圧強度は通商産業省関係特定製品の安全基準等に関する省令(昭和四九年省令第一八号)に規定する一五キログラム毎平方センチメートル以上という安全基準に実験上すべて適合し、無傷のものは理論上四〇キログラム毎平方センチメートルまで耐えられること、ラムネびんの平均肉厚は五ないし六ミリメートル、平均最小肉厚も四・二ミリメートルであって、サイダーびんの約二倍であること、及び炭酸飲料の内容物の破壊力は容器の表面積にも比例するところ、ラムネびんの表面積は約三〇〇平方センチメートルであってビールびん等に比して小さいことがそれぞれ認められ、証人土倉精一郎の証言中これに反する部分は採用できず、他に右各認定を左右するに足りる証拠は存しない。

そうすると、一般に、ラムネびんの対内圧強度は内容物たるラムネ水の内圧を大幅に上廻っており、振動や気温上昇ないし日照によってもその耐内圧強度を内圧が超過することは通常考えられないということができる。

(二)  もっとも、鑑定の結果によれば、ラムネびんは長期間の回収使用の結果その強度が相当程度低下することがあることが認められる。

しかし、証人土倉精一郎の証言によれば、被告補助参加人方におけるラムネの製造過程は、びん洗浄、パッキング交換、びん再洗浄、内容物充填、検びんの順で進められるところ、傷等の欠陥のあるびんは最初の洗浄時及びパッキング交換後再洗浄前にそれぞれ取り除かれ、そこで取り除き切れなかったものも内容物充填時に炭酸ガスの圧力で破裂してしまうこと、及びその後の右検びんの際にも一本ずつ光を通して検査されていることがそれぞれ認められ、右各認定に反する証拠は存しない。

そうすると、少くとも目視により確認できる程度の傷等のあるびんは、製造過程においてほぼすべて排除されていることが認められ、これに反する証拠は存しない。

(三)  右の(一)及び(二)を総合すれば、ラムネびんが長期にわたる回収、再使用の繰り返しによりびんの内外面に傷を受け、その強度が相当程度低下することがあるのを考慮に入れてもなお、市場に出ているラムネについては、一般に自然破裂(専らラムネ水の内圧がラムネびんの耐内圧力強度を超過することのみが原因となって起こる破裂)の可能性は極めて低いものと認められる。

また以上各認定の事実と鑑定の結果を総合すれば、ラムネ水の内圧にラムネびんに対する外的衝撃が複合的に加功して破裂する可能性も他の炭酸飲料に比して低く、通常の取扱いの程度を超えた相当強度の外力が加功しなければ一般に破裂しないものと認められ、これに反する証拠は存しない。

2  本件ラムネびん破裂の原因

(一)  鑑定の結果によれば、ラムネびんはその中央よりやや上側においてくぼんでいるところ、そのくぼみ部分には内部応力が集中し易く、外的衝撃が加えられた場合にはヒンジ応力と共に破損の第一原因となるもので、このため一般に、ラムネびんが内圧によらず専らくぼみ部より上部(以下「頭部」という。)の中央に加えられた外的衝撃のみにより割れた場合には、くぼみ部において大きくほぼ二つに割れるという形態的特徴を示すこと、これに対し専ら内圧超過のみにより割れた場合にはくぼみ部より下部(以下「胴部」という。)において大きく二、三片に分割してたて割れするという形態的特徴を示し、その破片は比較的飛ばないこと、そして外的衝撃と内圧の双方が複合的に加功して割れた場合には、割れ方は右双方の場合の中間的特徴を示し、くぼみ部を含む全体が大、中、小の不定の破片となって割れ、その破片は衝撃エネルギー及び内圧に比例して飛散し、実験では一ないし一・五メートル水平方向に飛散したことがそれぞれ認められる。

ところで、《証拠省略》及び検証の結果を総合すれば、本件破裂によるラムネびんの割れ方は、くびれ部より上方が細かく割れ、胴部はほぼ完全な形で残ったこと及びその破片は本件ラムネびんを収納していたプラスチック製ケースの外側まで飛散したことがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。

そうすると、本件破裂によるラムネびんの割れ方は、前記内圧超過と頭部中央に対する外的衝撃の複合的原因により割れた場合に比較的近い特徴を示しているといえる。

(二)  また、《証拠省略》によれば、本件ラムネびんの破裂は、原告が訴外会社店舗の倉庫へ搬入するため前記購入にかかるラムネを収納したプラスチック製ケースを手押車の上に置いた瞬間に起こったことが認められ、また、検証の結果によれば、右プラスチックケースはラムネびんのほぼくびれ部までの高さで仕切られているためラムネびんの胴部同士がぶつかる可能性はないことが認められる。そして、本件破裂にかかるラムネは二本ないし三本であることは前認定のとおりであって、これらが独立して偶然同時に破裂したとは考えにくい。

(三)  右の(一)及び(二)に鑑定の結果を総合すれば、本件ラムネびんの破裂は単に内圧のみによるものではなく、原告が本件破裂にかかるラムネを収納したプラスチック製ケースを手押車の上に置いた際、(衝突したのは本件ラムネびん同士であったか否かはともかくとして)本件各ラムネびんがその頭部中央付近において隣接する他のラムネびんと衝突し、その外的衝撃も複合的に作用して起こったものと認められる。《証拠省略》中これに反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(四)  そして、右外的衝撃の程度につき判断するに、まず、本件ラムネびんの割れ方は前記(一)で認定したとおりであるが、そのくびれ部を境として頭部は細かく割れ、胴部はほぼ完全な形で残っているのであるから、むしろ、前記の専ら頭部中央に対する外的衝撃のみにより破裂した場合に近い形態的特徴を示しているといえる。また、《証拠省略》によれば、本件破裂が起こった際の気温は摂氏二五度程度であったこと、原告が本件破裂にかかるラムネを自動車で運搬していた時間は三〇分程度であり、その道路はすべて舗装されていたことが認められ、また検証の結果から認められる前記プラスチック製ケースの形状よりすれば、右運搬中ラムネびんの大部分は直射日照にさらされることはなかったものと考えられる。そして、これらの諸事情と前記1(一)認定の各事実を総合すれば、本件破裂当時、気温、日照及び振動によるラムネの内圧上昇はさほどでもなかったものと認められ、この認定を覆すに足りる証拠は存しない。以上の諸事情と前記(一)で認定したとおりラムネは一般に破裂の可能性が低いこと等を合わせ考えれば、本件破裂においては、その原因として内圧よりもむしろ前記頭部中央付近に対する外的衝撃の方がより大きく寄与したものであって、しかもその衝撃は通常の取扱いの程度を超えた相当強度のものであったと推認される。《証拠省略》中これに反する部分は採用できず、他に右推認を覆すに足りる証拠は存しない。

3  被告の過失の存否

(一)  ラムネ水の性質、ラムネびんの強度及び被告補助参加人方におけるラムネの製造過程に照らし、市場に出ているラムネの破裂する可能性は、内圧のみによる場合と内圧と外的衝撃が複合的に作用する場合とを問わず、一般に極めて小さいものと認められることは前記1で説示したとおりである。

そうであるならば、ラムネの卸売業者としては、右のような事情を信頼してラムネを小売業者に販売して差し支えないものと解すべく、特段の事情なき限り、製造元からの購入にかかるラムネにつき一本一本検査をするなどして、破裂の可能性のあるものを発見し、これを小売業者に販売しないようにする注意義務はないものといわなければならない。

そして、被告が製造元である被告補助参加人から購入したラムネを卸売業者として訴外会社に販売したものであることは前記認定のとおりであり、また前記特段の事情については全く主張立証がないから、本件破裂について被告に過失があったと認めることはできないといわなければならない。

(二)  また、本件破裂の主たる原因が、内圧よりもむしろ原告が本件破裂にかかるラムネを取扱った際の通常の程度を超えた相当強度の外的衝撃にあると認めるべきことは前記2で説示したとおりであるところ、卸売業者としては、特段の事情なき限り、小売業者において右のような通常の程度を超えた外的衝撃をラムネびんに加えることまでも予見して、販売するラムネを取捨選択すべき注意義務はないというべきであり、右特段の事情についても主張立証がないので、このことからも被告には本件ラムネびんの破裂について過失があったとは認め難い。

(三)  以上のほか、被告において、本件ラムネびん破裂事故の原因となったと考えられる過失があったと認めるに足りる証拠はない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、不法行為を理由として損害賠償を求める原告の請求も理由がない。

四  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 松津節子 原啓一郎)

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